自由に至る唯一の道は、我々次第でないものを軽く見ることである

あなたの心を縛る見えない鎖の正体

私たちは、日々の生活で多くの「不自由」を感じています。

それは、会社の評価かもしれません。

あるいは、SNSの「いいね」や他人の視線かもしれません。

また、将来への漠然とした不安に心が囚われているかもしれません。

しかし、その不自由さが、外部の状況ではなく、あなたの心が自ら生み出しているものだとしたらどうでしょうか?

この古代の哲学者の言葉は、あなたの心を縛る見えない鎖を断ち切る、驚くほどシンプルな方法を教えてくれます。

本記事では、この言葉を解説し、リーダーとしての心の主権を取り戻す方法を探ります。

仕事や人間関係におけるストレスを軽減する具体的な戦略を学びましょう。

ストア哲学の核心:エピクテトスの「二分法」

自由の定義を変えた古代の教え

この言葉は、古代ストア派哲学者であるエピクテトスが説いたものです。

彼は、真の心の自由とは何かを深く追求しました。

彼の教えは『エンケイリディオン(Encheiridion)』という書物にまとめられています。

原文現代語訳
自由に至る唯一の道は、我々次第でないものを軽く見ることである本当の自由を得る唯一の方法は、自分の力ではどうにもならない事柄を、気にしないことだ

すなわち、他人の評価や運命など、自分ではコントロールできないことに執着しないことで、真の心の自由が得られるという思想です。

不幸の原因となる「二分法」

エピクテトスは、人が不幸になる原因を、物事を「二分法」で区別できていないことにあると考えました。

  1. 我々次第の事柄: 自分の考え方判断行動意志など(自分の内面で完全にコントロールできるもの)
  2. 我々次第でない事柄: 他人の評価評判健康財産会社の業績自然災害など(外部の状況でコントロールできないもの)

しかし、私たちは、他人の評価や財産といった「我々次第でない事柄」に執着してしまいます。

その結果、不安や欲求に心を囚われ、「心の奴隷」となってしまうのです。

したがって、真の自由とは、外部の事柄を「軽く見る」、つまり重要視しないことで得られると、彼は説きました。

(出典:エピクテトス『エンケイリディオン』)

経営者のための応用戦略:コントロール不能なものからの解放

エピクテトスの教えは、ストレスの多い現代の経営環境において、精神的なレジリエンス(回復力)を高めるための羅針盤となります。

1. 組織の危機と「結果」への執着を断つ

経営者は、常に厳しい「結果」責任を負います。

しかし、市場の急激な変化や予期せぬパンデミックなど、コントロール不能な外部環境が業績を左右することは頻繁に起こります。

このとき、「なぜこんな結果になったのか」と結果そのものに心を囚われてはいけません。

むしろ、「我々次第の事柄」に意識を集中します。

例えば、「この危機に対して、今、最善の意思決定と行動(=我々次第の事柄)ができているか」だけに注力しましょう。

そうすれば、結果への不安が消え、冷静かつ迅速な判断が可能になります。

2. 人事評価と「他人の視線」を区別する

リーダーシップにおいて、部下や外部からの評価は不可避です。

しかし、評価には上司の主観や会社の業績など、様々な「我々次第でない事柄」が絡みます。

このため、評価に一喜一憂するのを止めましょう。

その代わりに、自分の仕事への全力の尽くし方という「我々次第の行動」に集中します。

結果として、評価は後からついてくるものだと割り切ることができ、心の負担を大幅に軽減できます。

3. 競争と「他社の動向」への過剰反応を避ける

市場競争において、他社の動向や戦略は「我々次第でない事柄」です。

もちろん、これを過度に恐れたり、模倣したりする必要はありません。

なぜなら、他社の行動を追いかけることは、常に「心の奴隷」となることを意味するからです。

むしろ、「我々次第の事柄」である、自社の独自の強みや革新的な行動だけに意識を向けましょう。

すなわち、自らの意志に基づいた戦略の実行こそが、真の競争優位性となります。

哲学皇帝マルクス・アウレリウスが継いだ教え

奴隷から哲学者へ、そして皇帝へ

エピクテトスは、もともと奴隷の身分でした。

しかし、彼はその悲惨な外部の状況に心を縛られませんでした。

その代わり、自分の「心のあり方」という内面的な自由を追求し、偉大な哲学者となりました。

そして、彼の教えは、後にローマ帝国の哲人皇帝として知られるマルクス・アウレリウスに影響を与えます。

アウレリウスは、激務と政情不安の中で、エピクテトスの教えを実践しました。

つまり、彼は皇帝という地位や戦争という結果といった外部の力に囚われず、「自分の義務を全うする」という内面的な意志に忠実であろうとしたのです。

乃木希典の「精神力」との共通点

この思想は、明治時代の日本の軍人、乃木希典(のぎまれすけ)の姿にも通じます。

日露戦争の激戦地、旅順攻略戦で、日本軍は多大な犠牲を払いました。

当然、乃木は、多くの兵士が命を落とすという「悲惨な結果」に深く苦悩しました。

しかし、彼はその悲しみや後悔といった感情に囚われませんでした。

その代わりに、指揮官としての責任を全うし、自身の任務を完遂するという「意志」に集中しました。

すなわち、乃木は「死地に赴くことは、指揮官の覚悟である」とし、結果を憂うよりも、その時々で最善を尽くすという内面的な使命感に忠実であろうとしたのです。

(出典:マルクス・アウレリウス『自省録』、日露戦争関連の歴史文献)

まとめ:心の主権を取り戻す一歩

エピクテトスの言葉は、人生における本当の「所有物」は何かを私たちに問いかけています。

私たちは、お金や地位、評判といった、いつ失われるか分からないものを自分の「所有物」だと勘違いしています。

しかし、この哲学は、本当に自分のものだと言えるのは「自分の考え方」や「自分の生き方」だけだと教えてくれます。

もし、あなたが今、誰かの視線や将来への不安に縛られていると感じるなら、この言葉を思い出してください。

その悩みは、本当にあなたがコントロールできることでしょうか?

もしそうでないなら、その悩みを手放し、自分の考え方や行動という「力の及ぶこと」に意識を向けること。

その一歩が、あなたの人生をより自由で力強いものへと変えてくれるでしょう。


【専門用語解説】

用語読み方解説
ストア派哲学ストアはてつがく紀元前3世紀頃に古代ギリシャで誕生し、ローマ時代に発展した哲学。感情に支配されず、理性を重んじ、「自分の力の及ぶこと」に集中することで心の平和(アタラクシア)を得ることを説きました。
エピクテトスエピクテトス紀元1世紀頃の古代ストア派哲学者。奴隷出身でありながら、外部の状況に左右されない内面の自由を説き、後の哲人皇帝マルクス・アウレリウスにも大きな影響を与えました。
エンケイリディオンエンケイリディオンエピクテトスの講義録を弟子がまとめた書物。『手引書』という意味で、ストア哲学の最も実践的な教えが簡潔にまとめられています。
二分法にぶんほうストア哲学における基本的な考え方。世の中の事柄を「自分の力の及ぶこと(我々次第の事柄)」と「自分の力の及ばないこと(我々次第でない事柄)」の二つに明確に分けることです。
マルクス・アウレリウスマルクス・アウレリウスローマ帝国の五賢帝の一人であり、哲学者でもありました。エピクテトスの教えを受け継ぎ、その思想を『自省録』にまとめました。