民衆は、群れを成せば大胆な行為に出るが、個人となれば臆病である。

マキャベリに学ぶ「群衆心理」の真実:集団の暴走と個人の良心

なぜ集団は暴走するのか?群衆心理の危険性

私たちは、集団の中にいるとき、普段はしないような大胆な行動をとってしまうことがあります。

しかし、一人になった途端、途端に臆病になり、行動を起こせなくなってしまうのです。

なぜ人は、集団の中では強気になれるのに、一人になると弱気になってしまうのでしょうか?

今回ご紹介する「民衆は、群れを成せば大胆な行為に出るが、個人となれば臆病である」は、政治思想家ニッコロ・マキャベリが残した言葉です。

この言葉は、集団心理の持つ危険性と、その本質を鋭く指摘しています。

この記事では、この集団行動の真実を分析し、現代の組織運営や意思決定における教訓を探ります。


古典の解説:集団の「無責任さ」と個人の「恐怖」

マキャベリの群衆心理分析

この言葉は、マキャベリの著書『ディスコルシ(Discorsi)』に記された一節から、その思想を要約したものです。

原文の現代語訳
故に、群衆は、一人の人間が持つ恐怖から解放されると、大胆な行為に出る。しかし、個人となれば、自らの危険を恐れて臆病となる。

マキャベリは、君主制と共和制の比較を論じる中で、民衆が持つ集団行動の特徴を分析しました。

彼は、群衆の中では責任が分散されるため、個人が持つ恐怖心や抑制が薄れると考えました。

その結果、大胆な行動が引き起こされると指摘しました。

集団の大胆さと個人の臆病さ

「群れを成せば大胆な行為に出る」とはどういう意味でしょうか。

集団の中にいることで、個人が責任を負う感覚が薄れます。

また、他者に同調することで、普段はしないような無謀な行動や、暴力的な行動に走ってしまう現象を指します。

一方、「個人となれば臆病である」とは、集団から離れた状況を指します。

一人になった途端、行動の結果に対する責任や、罰への恐怖が再び意識されるのです。

その結果、行動を起こせなくなってしまうことを意味します。

この言葉は、集団が持つ無責任さと、個人が持つ臆病さという、人間の二面性を捉えています。

歴史的背景:激動のイタリア

この思想が生まれたのは、16世紀のイタリアです。

当時のイタリアは、都市国家が乱立し、政情は不安定でした。

マキャベリは、フィレンツェ共和国の外交官として、このような激動の時代を目の当たりにしました。

彼は、現実の政治は道徳や倫理だけでは成り立たないと考えました。

君主が権力を維持するための現実的な手腕を、『君主論』や『ディスコルシ』にまとめました。

(出典:ニッコロ・マキャベリ『ディスコルシ』)


歴史上の具体的事例:フランス革命の教訓

ジャコバン派の恐怖政治

中国の古典ではありませんが、文化圏や時代が異なる事例として、フランス革命におけるジャコバン派の行動は、この言葉を裏付けます。

フランス革命初期、民衆はバスティーユ監獄襲撃といった大胆な行動に出ました。

しかし、革命が進むにつれて、ジャコバン派は「公安委員会」という強力な組織を形成し、恐怖政治を敷きました。

彼らは、王政打倒という大義名分の下、多くの人々をギロチンにかけました。

この行動は、ジャコバン派という集団に属することで、個々のメンバーが責任を感じなくなります。

その結果、過激な行動に走った典型的な事例と言えます。

指導者失脚後の民衆

しかし、ロベスピエールが失脚し、ジャコバン派の指導者がいなくなると状況は一変します。

彼らに同調していた多くの民衆は、途端に臆病になりました。

そして、革命の過激な行動を後悔し始めました。

これは、集団から離れ、個人に戻った途端、自らの行動を反省した結果です。

また、責任と罰を恐れた結果と言えるでしょう。

(出典:『フランス革命史』など)

集団行動の本質:「責任感」の対比

この言葉の本質は、集団行動の持つ「無責任さ」と、個人の「責任感」の対比にあると考えられます。

私たちは、集団の中にいると、自分の意見を主張するよりも、周囲に流されてしまうことがよくあります。

この言葉は、その無責任な行動が、時に大きな過ちにつながる危険性があることを教えてくれます。

それは、まるで、会社の飲み会で、上司の悪口をみんなで言っているときは盛り上がっている状況です。

しかし、後日一人になったら「あれはまずかったな」と反省するようなものです。


現代経営への応用:無責任な集団の暴走を防ぐ

マキャベリの思想は、現代の組織運営や意思決定におけるリスク管理の原則に応用できます。

1. 会議やチームでの意思決定:責任の明確化

ビジネスにおける会議やチームでの意思決定の場面で応用できます。

例えば、会議で全員が「イエス」と言っている状況では、反対意見があっても言いにくく、場の雰囲気に流されてしまうことがあります。

これにより、間違った意思決定がなされる可能性があります。

マキャベリの思想を活かせば、リーダーは、あえて「この決定の最終責任は私が負う」と明言します。

そして、メンバー一人ひとりに責任を自覚させ、建設的な意見を述べさせます。

その結果、メンバーは臆病にならず、質の高い議論が可能になります。

2. SNSの炎上と匿名性のリスク

人間関係におけるSNSの炎上の場面で応用できます。

SNSで誰かの投稿が炎上したとき、多くの人々が匿名で過激なコメントを投稿します。

しかし、もしそのコメントが実名で行われるとしたらどうでしょうか。

多くの人は臆病になり、同じようなコメントは投稿しないでしょう。

この言葉を活かせば、SNSで誰かを攻撃している群衆の中にいるときでも、一度立ち止まることができます。

そして、「もしこれが自分一人の意見だとしたら、私はこれを言うだろうか?」と自問自答することで、無責任な行動を避けることができます。

3. 組織の不正行為:内部告発システムの役割

組織内での不正行為も、集団による無責任な行動の結果として起こりがちです。

不正な行為に加担している集団の中にいると、個人は「みんながやっているから大丈夫」と考え、倫理観が麻痺します。

この危険性に対抗するため、企業は「臆病な個人」を保護する必要があります。

内部告発システムを充実させ、個人が安全に声を上げられる環境を整備します。

これにより、集団の暴走を未然に防ぎ、組織の健全性を保つことができます。

4. まとめ:臆病さを良心として受け入れる勇気

この記事を通して、マキャベリの言葉が、いかに集団行動の持つ「無責任さ」と、個人の「責任感」の対比を教えてくれるかを見てきました。

大切なのは、集団の中にいるときでも、一度立ち止まって、自分の行動や発言に責任を持てるかどうかを自問自答する勇気です。

周囲に流されるまま行動することは、時に大きな過ちにつながる危険性があります。

もしあなたが、集団の中で「これでいいのか?」と迷いを感じたときには、この言葉を思い出してみてください。

一人になったときに臆病になる自分を恐れるのではありません。

その「臆病さ」こそが、あなたを正しい道へと導くための良心であると信じ、行動を選択することができるでしょう。


専門用語解説

用語読み方解説
ニッコロ・マキャベリNiccolò Machiavelli15世紀から16世紀にかけてのイタリアの政治思想家、歴史家、外交官。著書『君主論』や『ディスコルシ』は、政治学の古典として知られます。
『ディスコルシ』Discorsiマキャベリが執筆した政治思想書。『ローマ史』を基に、君主制と共和制の比較、国家のあり方などを論じています。正式名称は『ティトゥス・リウィウスの最初の十巻についての論考』です。
群衆心理ぐんしゅうしんり集団の中にいることで、個人が持つ判断力や理性が薄れ、集団全体に同調して、感情的かつ非合理的な行動に走りやすくなる心理状態です。
フランス革命フランスかくめい18世紀末にフランスで起きた市民革命。王政を倒し、共和制を樹立しましたが、その過程でジャコバン派による恐怖政治など、激しい混乱が生じました。
ジャコバン派ジャコバンはフランス革命期に形成された急進的な政治勢力。ロベスピエールが指導し、恐怖政治を推し進めましたが、後に内部対立により崩壊しました。