敵の守りが固い時は、無理に攻撃してはいけない

「戦わずして勝つ」ための原則:無駄な戦いを避ける知恵

あなたの目の前に、突破が難しい巨大な壁がありますか?

正面からぶつかれば、多くの時間や労力を失うかもしれません。

しかし、本当に戦うことが最善の道でしょうか。

古代中国の兵法書『孫子(そんし)』は、「戦わずして勝つ」ことこそが、最も優れた戦略であると説いています。

今回紹介する言葉は、まさにこの思想の核心を突くものです。

無駄な戦いを避け、勝利への別の道を探すことの重要性を教えてくれます。


古典の解説:孫子「九変篇」の教え

1. 原文の現代語訳と詳細

この教えは、古代中国の兵法書『孫子(そんし)』の「九変篇(きゅうへんへん)」に記されています。

原文(意訳)
敵が守りを固めており、我の攻撃を退け、あるいは逃れることができる態勢にあるなら、我の兵力を投じて、敵を叩いてはならない。

現代語訳は以下の通りです。

敵が強固な防御態勢を築いており、こちらの攻撃を防ぎ、あるいは戦いを回避できる状況にあるならば、無駄に兵力を消耗して攻撃してはならない。

2. 兵法家・孫武が説いた原則

『孫子』は、春秋時代の軍事思想家、孫武(そんぶ)が著したとされるものです。

戦争の本質や戦略の原則を体系的に記しています。

「九変篇」は、戦場の状況に応じて、臨機応変に戦略を変えることの重要性を説いています。

この言葉は、指導者が取るべき行動の原則を明確に示しています。

強固な守りと攻撃の回避:「敵が守りを固めており」とは、敵がこちらの攻撃を想定し、万全の防御を築いている状況を指します。正面からの攻撃は、多大な犠牲を伴い、成功する可能性が低いことを意味します。

兵力消耗の回避:「我の兵力を投じて、敵を叩いてはならない」とは、無謀な攻撃を避けるべきだという教えです。戦いを避けている敵を無理に追撃しても、罠にかかったり、自軍の消耗を招くだけだからです。

この言葉は、「不必要な戦いはしない」という孫子の思想を象徴しています。

敵を打ち破ることだけを考えるのではなく、いかに自軍の損害を最小限に抑え、最終的な勝利を収めるかを重視しています。

3. 歴史的背景:春秋時代の生存戦略

この言葉が生まれたのは、中国の春秋時代(紀元前770年〜紀元前476年)です。

この時代は、各国の間で戦いが絶えず、生き残るためには、武力だけでなく、高度な戦略や知恵が必要でした。

孫子は、単なる武力による勝利ではなく、国家全体の利益を考えた、より高度な戦略思想を確立しました。

つまり、自国の資源や兵力を浪費することは、敗北に直結するという現実がありました。

(出典:『孫子』九変篇)


類似の事例:マジノ線とドイツ軍の戦略

第二次世界大戦の教訓:マジノ線の回避

この思想に似た事例は、異なる文化圏の歴史にも見られます。

たとえば、第二次世界大戦におけるフランスの「マジノ線」と、ドイツの戦略です。

フランスは、ドイツからの侵攻に備え、国境沿いに強固な要塞線「マジノ線」を築きました。

これは、フランスがドイツの正面からの攻撃を想定して、守りを固めた状態でした。

しかし、ドイツ軍は、正面からマジノ線を攻撃する無駄を避けました。

マジノ線の北側にあるアルデンヌの森を突破するという、フランス軍の予想を裏切る奇襲作戦を実行しました。

ドイツ軍は、強固な防御施設を前にして兵力を消耗する無駄な戦いを避けました。

そして、別のルートからフランスを攻略したのです。

これは、孫子の教えである「敵の守りが固いときは、無理に攻撃してはならない」という原則を、ドイツ軍が実践した好例です。

(出典:マジノ線とドイツ軍のフランス侵攻に関する歴史文献)

考察:戦いの「目的」を再確認する

この言葉の本質は、「戦う前に、本当に戦うべきかを考えること」だと私は考えます。

これは、無駄な衝突を避けるための、賢明な判断力を持つことの重要性を示しています。

私たちは実生活で、この教訓を思い出す場面があるかもしれません。

たとえば、あなたは、友人や家族と激しい口論になりそうなとき、一度冷静になって、本当にこのまま口論を続けるべきかを考えるのではないでしょうか。

感情に任せて言い争っても、お互いが傷つき、関係が悪化するだけかもしれません。

したがって、無駄な衝突を避け、別の方法で問題を解決しようとする、この言葉の教えに通じるものです。


現代経営への応用:競争とリソース管理

1. ビジネスでの応用:差別化戦略の確立

競合他社が、圧倒的な資金力で市場のシェアを独占しているとき、真正面から価格競争を挑むのは得策ではありません。

価格競争を挑んでも、自社の体力が消耗するだけです。

そこで、競争を避けて、別の市場を開拓したり、ニッチな顧客層に特化したサービスを提供したりする方が賢明な戦略です。

市場での正面衝突を避け、優位性のある戦場を選ぶことが重要です。

2. プロジェクトマネジメント:ボトルネックの回避

プロジェクト進行において、乗り越えるのに多大なリソースを要するボトルネックに直面したとします。

無理に時間をかけてその問題を解決しようとすれば、プロジェクト全体のスケジュールが遅延するかもしれません。

むしろ、そのボトルネックを一時的に回避し、他のタスクを優先することで、全体の効率を上げられます。

その後、ボトルネックを解消するための別の戦略を練るべきです。

3. 人材マネジメント:感情的な衝突の管理

職場や家庭で、相手が感情的になっており、話し合いが難しい状況のとき、無理に話を続けても、事態は悪化するだけです。

そのような場合は、一度距離を置き、相手が冷静になるのを待つか、別の機会に話し合う方が、問題を解決できる可能性が高まります。

なぜなら、感情的な衝突は、解決ではなく、人間関係の破綻を招く「無駄な戦い」だからです。

4. まとめ:戦いを避けるという勝利

孫子の言葉は、戦うことだけでなく、「いかに戦いを避けるか」という視点の重要性を教えてくれます。

もしあなたが、突破が難しい壁に直面したら、正面からぶつかる前に、一度立ち止まって考えてみましょう。

そうすれば、無駄な衝突を避け、最小限の犠牲で済む勝利への別の道を見つけることができるでしょう。


専門用語解説

用語読み方解説
孫子そんし古代中国の兵法書。春秋時代の軍事思想家とされる孫武(そんぶ)が著したとされ、戦争の本質や戦略の原則を体系的に記しています。
九変篇きゅうへんへん『孫子』を構成する全十三篇の一つ。戦場の状況に応じて、固定観念にとらわれずに、臨機応変に戦略を変えることの重要性を説いた章です。
孫武そんぶ中国の春秋時代の軍事思想家。兵法書『孫子』の著者とされています。
春秋時代しゅんじゅうじだい紀元前770年頃から紀元前476年頃までの中国の時代。多くの国々が争い、武力と高度な戦略が求められました。
マジノ線まじのせん第二次世界大戦前に、フランスがドイツからの侵攻を防ぐために国境沿いに築いた巨大な要塞線。ドイツ軍はこれを正面から攻撃せず、迂回しました。
ボトルネックぼとるねっく物事の進行を妨げている最も大きな障害や制約となっている部分のこと。特に、生産工程やプロジェクト管理において使用される言葉です。