本質を見抜く経営術:「ある人、弓を射ることを習ふ」の教え
あなたの努力は本質に向かっていますか?
日々、私たちは目標達成に向けて努力を重ねます。
しかし、その努力の方向性は本当に正しいでしょうか。
表面的な技術や知識にばかり囚われていませんか。
真の成功は、目に見えるスキルよりも、その技術の根幹にある本質を理解することから始まります。
私たちが学ぶべきは、約1000年前に書かれた日本の古典に隠されています。
古典の原文と現代語訳、そして詳細な解説
「ある人、弓を射ることを習ふ」という一文は、吉田兼好によって書かれた徒然草の第九十二段に登場する一節です。
現代語訳
ある人が、弓を射るという技術を習っていた。
師匠は、その弟子に対し「射る時には、矢を放つことに意識を集中してはならない」と教えた。
なぜなら、「的に当てること」を最終目標とするならば、それは「射る」という動作の本質ではないからだ。
むしろ、「矢が的に当たるのは、射手の心構えが正しければ当然の結果だ」と師匠は教えた。
詳細な解説
この段は、物事の形(手段)と心(本質)の関係を説いています。
師匠が弟子に教えているのは、単なる射術(弓を射る技術)ではありません。
「矢を放つこと」という目に見える行為の先にある、「心技体」の「心」の重要性です。
もし弓を射る人が「的に当てたい」という欲や雑念に囚われると、それは心構えの乱れとなって、かえって射形を崩し、結果的に的を外してしまいます。
したがって、的に当てるという結果は、正しい心構えと射形というプロセスが完璧に整ったときに自然に起こる現象であると説いているのです。
この教えは、弓道における「射即是道」(射ることそのものが道である)という考え方にも通じます。
歴史的背景
徒然草が書かれたのは、鎌倉時代末期から南北朝時代初期(1330年頃)と考えられています。
当時の日本は武士の時代であり、弓馬の道は武士のたしなみとして重要でした。
しかし、兼好法師は、この武術の教えを、戦場での技術論ではなく、生き方や処世術、精神的な修養という普遍的な視点に昇華させました。
彼は、仏教や老荘思想の影響を受け、無常観や隠遁の思想を背景に、世俗の価値観に囚われず、物事の真理を追求することを説いています。
「内容」を裏付ける歴史上の具体的な事例
徒然草が説く「本質を重視し、結果を追わない」教えは、時代や文化圏を超えて見られます。
古代ギリシャの哲学者、アルキメデス
紀元前3世紀、古代ギリシャのシラクサを舞台にした事例です。
アルキメデスは、てこの原理を発見し、太陽光を集めて敵艦を燃やす兵器を発明するなど、当時の最先端の技術者であり軍事顧問でした。
しかし、彼は、自身の技術的な発明を「低俗な仕事」と見なしていました。
彼にとって真の関心は、現実的な発明や応用ではなく、純粋な幾何学という普遍的で本質的な真理の探求にあったからです。
ローマ軍がシラクサを攻略した際、アルキメデスは地面に図形を描き、その数学的な真理の考察に没頭していました。
彼は、ローマ兵に襲撃された時も「私の円を乱すな」と言い、あくまでも本質的な学問に集中し、結果(自身の生命や発明の応用)には目を向けませんでした。
これは、実利よりも原理・本質を追求した人物の極端な事例として、「矢を放つことに意識を集中してはならない」という教えを裏付けます。
(参考文献:プルタルコス著『対比列伝』)
私の考察・解釈と現代への普遍性
この古典の教えは、目標達成における「集中すべき対象」の普遍的な真理を突いています。
現代にも通じるこの古典の本質は、「結果は、完璧なプロセスにのみ宿る」という点です。
目標(的)ばかり見て焦っても、手段(射形)が乱れていれば必ず失敗します。
人間は、成果を急ぐあまり、最も重要な「今、目の前の行動」から意識を逸らしがちです。
例えば、新しいプロジェクトを任され、成功を焦るあまり、目の前の報告書の作成や初期の計画立案がおろそかになった経験はあるかもしれません。
結果に心を奪われると、かえって行動がぎこちなくなり、力を発揮できなくなります。
大切なのは、結果への執着を捨て、最高の行動をすることに全力を注ぐという心構えです。
現代のビジネス、人間関係、日常生活への応用
「ある人、弓を射ることを習ふ」の教えは、現代の様々な状況に応用可能です。
1. 現代ビジネスへの応用:組織マネジメント
経営者や管理者は、売上や利益という「結果」を重視しがちです。
しかし、結果を直接追い求めると、社員は無理な営業や不正な手段に走るリスクが生じます。
重要なのはプロセスです。
【応用事例】
- 「的」: 四半期の売上目標の達成。
- 「矢を放つこと」: 顧客満足度の高い営業活動。
- 教えの適用: 管理者は、売上目標という結果ではなく、「顧客の課題解決に真摯に向き合う」という営業活動の本質(プロセス)に社員の意識を集中させるべきです。
- 結果: 顧客満足度が高まれば、売上は自然と向上し、長期的な信頼関係が構築されます。
2. 人間関係への応用:コミュニケーションの本質
私たちは、人間関係において「相手に認められたい」「自分の意見を通したい」という結果を求めがちです。
【応用事例】
- 「的」: 相手との信頼関係の構築。
- 「矢を放つこと」: 相手の話を真剣に聞く行為。
- 教えの適用: 相手からの評価という結果を求めず、「ただ相手の話に耳を傾け、理解しようとする」という傾聴の本質(プロセス)に集中します。
- 結果: 相手は安心感を抱き、信頼関係は自然と深まります。
3. 日常生活への応用:健康と自己成長
自己成長や健康維持においても、この教えは有効です。
【応用事例】
- 「的」: 体重を3kg減らすこと。
- 「矢を放つこと」: 食事の内容を意識し、運動を継続すること。
- 教えの適用: 減量という結果に焦点を当てるのではなく、「毎日栄養バランスの取れた食事をする」「決まった時間に体を動かす」という日々の行動(プロセス)を完璧に実行することに意識を集中します。
- 結果: 健康的な習慣が身につき、体重は後からついてくる当然の結果となります。
(出典:吉田兼好著『徒然草』、プルタルコス著『対比列伝』)
記事のまとめ
私たちは結果を追求しがちです。
しかし、徒然草の教えは本質への集中を促します。
結果に執着せず、プロセスを極めることに全力を注ぎましょう。
そうすれば、求める成果は必ず実現します。
専門用語の解説
| 用語 | 解説 |
| 徒然草 | 鎌倉時代末期に吉田兼好が書いた随筆。日本の三大随筆の一つで、兼好の人生観や無常観が綴られている。 |
| 吉田兼好 | 鎌倉時代末期から南北朝時代初期の歌人・随筆家。俗名は兼好(かねよし)。出家後は法師となった。 |
| 老荘思想 | 中国の老子と荘子に始まる思想で、自然に従い、無為自然(作為のないこと)を理想とする。 |
| 無常観 | 仏教の基本的な考え方の一つで、この世の全てのものは移り変わり、永遠不変なものはないという世界観。 |
| 射即是道 | 弓道の教えの一つで、「射(弓を射る行為)はすなわち道(生き方、精神修養)である」という意味。 |
| アルキメデス | 古代ギリシャの数学者・物理学者・発明家。てこの原理やアルキメデスの原理を発見した。 |
| プルタルコス | 1世紀から2世紀の古代ギリシャの哲学者・歴史家。『対比列伝』は有名な偉人の生涯を対比させた著作。 |


