以己度人|自分の物差しを捨て、組織の「多様性」を活かすリーダーシップ戦略

自分の「常識」が組織成長を阻む壁となる

あなたは、「なぜ部下はこの程度のことが理解できないのか」と、苛立ちを感じていませんか?

あるいは、「自分だったらこうするのに」という思い込みで、部下のアイデアを退けたことはありませんか?

実は、その「常識」や「自分なら」という思考こそが、組織成長を阻む最大の壁かもしれません。

「以己度人(いこどじん)」とは、「己をもって人を度る」こと。

すなわち、自分自身の経験や価値観という物差しだけで、他人を判断する危険な思考様式です。

本記事では、この古代の教訓から、リーダーシップにおける「共感力」と「多様性の受容」の重要性を探ります。

自分の物差しを捨て、組織の能力を最大限に引き出す戦略を学びましょう。

古典『春秋左氏伝』が説く指導者の器

「君子」と「小人」の決定的な違い

この言葉は、中国の古典『春秋左氏伝(しゅんじゅうさしでん)』に深く根差しています。

この古典は、乱世の春秋時代における為政者(いせいしゃ)の行動原理を厳しく評価しました。

原文(要約)意訳
君子以其所不欲、以人所欲、為仁。小人以其所欲、以人所欲、為利。君子は、自分が欲しないものでも他人が欲するのを理解し、仁(思いやり)を行う。一方、小人は、自分が欲するものを他人も欲すると思い込み、私的な利益を図る。

つまり、指導者(君子)たるものは、自分とは異なる他者の欲求や視点を認め、尊重できる「器」を持つべきだと説いています。

逆に、自分の価値観を他者に投影する「以己度人」は、私利私欲を追求する小人の振る舞いだと断じているのです。

危険な「度る」行為のメカニズム

「以己度人」の本質は、自分という「レンズ」を通してしか世界を見られないという思考の硬直化にあります。

  • 「己」という物差し: 経営者としての成功体験、業界の常識、個人の美学など、過去に成功した経験がこの物差しになりがちです。
  • 「度る」という行為: 過去の成功体験を絶対視し、異なるアプローチや意見を、「理解できない」「間違っている」と切り捨てる判断です。

その結果、優秀な若手社員や異文化を持つ人材が持つ、新しい視点や創造性が組織内で潰されてしまいます。

したがって、この言葉が生まれた春秋時代と同様に、現代の多様な価値観がぶつかる組織運営において、この「以己度人」は最も避けなければならない指導者の悪癖なのです。

(出典:『春秋左氏伝』)

【リーダーシップ】「以己度人」が招く3つの経営リスク

自分の物差しを絶対とする「以己度人」の姿勢は、現代の組織運営において、不可避な経営リスクを生み出します。

1. 組織の「思考停止」とイノベーションの終焉

ベテラン経営者が「成功パターン」を絶対視し、部下の提案を「自分ならやらない」という理由で却下するとします。

確かに、過去の経験から見れば非効率に見えるかもしれません。

しかし、その新しい提案こそが、市場の変化に対応するためのブレイクスルーとなる可能性があります。

つまり、リーダーが自分の経験を絶対的な基準にする限り、組織の思考は硬直化し、イノベーションは完全に停止します。

2. 最適な人材配置(アサインメント)の失敗

部下の能力や特性を、自分の「期待値」で測ることで、適切な人材配置に失敗します。

例えば、内向的で分析能力の高い社員に対して、「自分は営業で成功したから、彼も現場に出すべきだ」と判断するとします。

しかし、その社員の真の才能は、データ分析や戦略立案にあるかもしれません。

したがって、個人の特性を無視して自分の成功体験を投影する配置は、人材の潜在能力を殺すだけでなく、組織のパフォーマンスを低下させます。

3. 顧客の「真のニーズ」の見誤り

市場の分析においても、「以己度人」は大きな誤りを生みます。

あなたが「このサービスは絶対に便利だ」と確信し、リソースを集中するとします。

ところが、その便利さは、デジタルに慣れたあなただけの感覚かもしれません。

もし、主要な顧客層がデジタルデバイドに苦しむ人々であった場合、あなたの「常識」は全く通用しません。

このため、顧客の真のニーズを理解するためには、自分の好みや感覚を一時的に無効化する「戦略的な共感力」が求められます。

組織を強くする「共感力」の鍛え方

多様な視点を受け入れた西洋史の教訓

例えば、歴史を振り返ると、十字軍遠征の悲劇は、キリスト教徒がイスラム教徒の信仰や文化という「レンズ」を全く理解しようとしなかった結果でした。

この教訓は、異文化が混在する現代のグローバルビジネスにおいて、特に重要です。

したがって、リーダーは「なぜ相手はそう考えるのか」という問いを、判断を下す前の必須プロセスに組み込むべきです。

リーダーが実践すべき「レンズの交換」戦略

  1. 「なぜ?」の質問を強化する:
    • 部下から報告を受けた際、「結果」だけでなく「なぜその手法を選んだのか」を必ず尋ねましょう。
    • そうすれば、その部下の思考プロセスや価値基準(レンズ)を理解できます。
  2. 自己認識(メタ認知)の向上:
    • 自分が判断を下す前に、「この判断は、過去の成功体験に強く引っ張られていないか?」と自問します。
    • つまり、自分の物差しが偏っていないか、意識的にチェックする習慣を持ちましょう。
  3. 「反対意見の専門家」を置く:
    • 自分の考えに必ず反対する意見を持つ人材を、戦略的にブレーンやアドバイザーに据えます。
    • これにより、独断を避け、視野の外にあるリスクや可能性を常に確認できます。

結論:自分の「器」を広げ、真の指導者となる

「以己度人」の故事は、自分の限界を知ることの重要性を教えてくれます。

あなたが誰かの意見を理解できないと感じたとき、その意見を切り捨てるのではなく、自分の「器」を広げるチャンスと捉えてください。

自分の物差しを一度手放し、相手の目線で世界を眺める努力をする。

それこそが、真の共感を生み出し、組織の多様な才能を統合し、持続可能な成長を実現する真の指導者の道なのです。


【専門用語解説】

用語読み方解説
以己度人いこどじん「己をもって人を度る」という意味の四字熟語。自分の経験や価値観という基準(己)で、他人の行動や感情を推し量る(度る)こと。独りよがりな判断の危険性を戒めます。
春秋左氏伝しゅんじゅうさしでん中国の春秋時代の歴史を記した書物で、儒教の経典の一つ。当時の為政者が取るべき倫理観や行動規範を説くために書かれました。
君子と小人くんしとしょうじん中国の儒教思想における人物の分類。君子は徳を備え、他者を尊重する指導者。小人は私利私欲や自分の価値観を他者に押し付ける者を指します。
為政者いせいしゃ政治を行う人、つまり国や組織を治める指導者のことです。この故事の生まれた時代には、君子として模範的な行動が求められました。
メタ認知メタにんち自分の認知活動(考え方、判断、感情)を客観的に認識し、制御する能力。自己の思い込み(己)に気づき、それを修正するために不可欠なスキルです。