囲魏救趙

逆転の発想:「囲魏救趙」に学ぶ間接戦略の極意

あなたは今、絶体絶命のピンチに陥っていませんか?

目の前には強大な敵が迫り、真正面からぶつかっても勝ち目はないかもしれません。

こんな時、あなたならどうしますか?

諦めますか?

それとも、常識を覆すような大胆な戦略で、状況を一変させられますか?

今回ご紹介する古代中国の故事は「囲魏救趙(いぎきゅうちょう)」です。

これは、直接的な対決を避ける戦略を教えてくれます。

相手の弱点や心理を巧みに利用し、劣勢を覆す逆転の発想の重要性を示します。

古典の解説:『戦国策』に見る孫臏の知略

「囲魏救趙」は、『戦国策(せんごくさく)』斉策(せいさく)に記された故事です。(出典:『戦国策』)

「魏を囲んで趙を救う」という意味です。

窮地にある味方を直接救うのではなく、敵の本拠地や重要な場所を攻める戦略を意味します。

その結果、敵を味方から撤退させ、窮地を脱します。

孫臏の献策:直接衝突を避ける

この故事は、紀元前354年の桂陵(けいりょう)の戦いを背景としています。

魏(ぎ)の将軍龐涓(ほうけん)が、趙(ちょう)の都、邯鄲(かんたん)を包囲し、趙は滅亡寸前の危機に瀕していました。

趙の救援要請を受け、斉(せい)の宣王は将軍田忌(でんき)と軍師孫臏(そんびん)を出兵させます。

最初、田忌は趙へ直行し、魏軍と直接戦うことを望みました。

しかし、孫臏は田忌に言いました。

「こじれた問題を解決するのに、力任せに叩きつける(直接衝突する)のは最善ではありません。

むしろ、魏の都を包囲して魏を攻め、その攻撃から趙を救う(囲魏救趙)に勝る策はありません。」

逆転劇:馬陵での勝利

田忌は孫臏の計略に従い、兵を率いて魏の都、大梁(だいりょう)を包囲します。

その結果、趙を攻めていた魏の将軍龐涓は、自国の都が攻められたと聞き、趙の包囲を解いて急いで兵を帰しました。

孫臏は、急いで引き返してきた魏軍が疲弊しているところを読みました。

そこで、その帰途にあった馬陵(ばりょう)という地で待ち伏せます。

魏軍を大いに破り、龐涓を捕らえることに成功しました。

こうして、趙の危機は無事に解かれました。

故事が持つ戦略的意味

この故事は、中国の兵法三十六計の一つとしても知られています。

以下の戦略的な意味を含んでいます。

1. 間接的アプローチ

直接的な戦闘や救援が困難な状況で応用できます。

敵の「最も痛いところ」を突くことで、敵を目的の場所から引き離し、状況を打開します。

2. 敵の心理の利用

敵が最も守りたいもの(この場合は自国の都)が脅かされると、冷静な判断ができなくなります。

したがって、慌てて本拠地へ引き返すという心理を利用します。

敵は疲弊し、隊列が乱れた状態で撤退するため、追撃が容易になります。

3. 状況判断の重要性

孫臏は、直接救援策のデメリット(魏軍が疲弊していない状態での衝突)を見抜きました。

そして、より効果的で被害の少ない間接策を選びました。

このことは、冷静な状況判断と大局観の重要性を示しています。

4. 「救援」の新たな定義

「救う」とは、必ずしも直接駆けつけて戦うことだけではありません。

敵を間接的に牽制し、圧力をかけることで、結果的に目的を達成できるという発想の転換です。

歴史的背景:戦国時代の知略と因縁

この戦いが起こった戦国時代は、七国が覇権を争い、絶え間ない戦乱が繰り広げられた時代です。

魏(ぎ)は当時、軍事力で周辺諸国を圧倒していました。

魏の将軍龐涓は、兵法の才能に恵まれていました。

一方、斉(せい)の軍師孫臏は、孫武(孫子の兵法で有名)の子孫とも言われます。

彼は、龐涓とはかつて同門で兵法を学びました。

しかし、龐涓が孫臏の才能を妬み、彼を陥れて足の自由を奪った過去がありました。

したがって、両者には深い因縁があったのです。

孫臏は足が不自由であったため、馬車の中から作戦を指揮しました。

彼の考案したこの戦略は、相手の心理を読む洞察力が光るものでした。

戦国時代の苛烈な情勢の中で、知略と心理戦がいかに重要であったかを示す事例です。

国際政治の事例:ガリポリの戦いと中東戦線

「囲魏救趙」の戦略は、第一次世界大戦(1914年〜1918年)における連合国の中東戦略にも見られます。

正面突破の失敗:ガリポリの戦い

第一次世界大戦が膠着状態に陥っていた1915年、連合国(主にイギリス)は、オスマン帝国の本拠地を直接叩く作戦を敢行しました。

ダーダネルス海峡の入り口にあるガリポリ半島への大規模な上陸作戦です。

しかし、オスマン軍の堅い防御により、甚大な犠牲を払いながらも失敗に終わりました。

連合国は、「正面突破」が困難であることを痛感します。

間接的アプローチ:中東地域の攻撃

そこでイギリスは、オスマン帝国への「囲魏救趙」的アプローチを模索しました。

「魏を攻める」(オスマン帝国の弱点)

イギリスは、オスマン帝国が支配していたアラブ地域(現在のイラク、シリア、パレスチナなど)での反乱を支援します。

そして、自らもメソポタミアやエジプトからオスマン帝国領へ攻め込みました。

これは、オスマン帝国の本拠地アナトリア半島を直接攻めるのではありません。

むしろ、帝国を支える重要な資源や兵力を供給していた中東地域の支配権を奪う戦略でした。

「趙を救う」(ヨーロッパ戦線の膠着打破)

中東戦線での激しい戦闘は、オスマン帝国に多大な兵力と資源を割かせました。

この結果、オスマン帝国はヨーロッパでの戦線への兵力派遣が困難になります。

さらに、帝国内部のアラブ民族主義の高まりも相まって、国力を疲弊させました。

最終的に、ヨーロッパ戦線における連合軍の負担が軽減され、勝利に貢献しました。

この事例は、直接的な攻撃が困難な状況において、敵の「最も守りたい場所」を間接的に攻めることで、自らの目的を達成する「囲魏救趙」の戦略が有効であったことを示しています。(出典:David Fromkin, “A Peace to End All Peace…”)

現代経営への応用:固定観念を打ち破る思考法

「囲魏救趙」の故事は、現代社会において、問題解決における固定観念を打ち破る発想の転換が重要であることを教えてくれます。

経営者・管理者には、柔軟な思考と全体を俯瞰(ふかん)する視点が求められます。

1. ビジネスにおける競争戦略

直接競争を避け、相手の弱点や本質を攻めることで優位に立ちます。

競合他社との差別化

大手競合企業と真っ向から価格競争で争っても勝ち目がないとします。

そこで、競合が手薄なニッチ市場(=魏の都)に特化します。

あるいは、独自の技術や顧客サービス(=魏が守りたいもの)を徹底的に磨きましょう。

これにより、競合を牽制し、自社の市場シェアを確保(=趙を救う)できます。

M&A交渉と情報戦略

買収を検討している企業が、直接的な価格交渉で合意に至らないとします。

この場合、その企業が抱える特定の課題(例:資金繰り、技術人材の不足)を深く掘り下げましょう。

そこに対する解決策を提示することで、間接的に交渉を有利に進めることができます。

すなわち、相手の「痛いところ」を突く戦略です。

2. 組織内の問題解決とリーダーシップ

社内での抵抗勢力や、反発する部下への対処に応用できます。

抵抗勢力への対処

社内で抵抗勢力があり、特定のプロジェクトが進まない場合があるでしょう。

その抵抗勢力と直接対立してはいけません。

むしろ、彼らが重視する別のプロジェクトや目標に協力します。

そして、信頼関係を築くことで、間接的に協力を引き出します。

この結果、自らのプロジェクトを円滑に進めることができます。

反発する部下との関係改善

意見が対立する部下と直接衝突するのは避けましょう。

その代わりに、相手が仕事で達成したい目標や、個人的な関心事(例:キャリアアップ)に耳を傾けます。

そして、それをサポートする姿勢を見せます。

これにより、間接的に相手の信頼を得て、協力的な関係を築くことができます。

3. 顧客へのプレゼンテーション

聴衆の信頼と賛同を得るための戦略です。

聴衆の懸念点への対処

重要なプレゼンテーションで、聴衆が自社の提案に懐疑的であると予想されるとします。

最初から提案のメリットを力説してはいけません。

まず、聴衆が抱える課題や懸念点(=魏の都)を深く理解していることを示しましょう。

そして、その解決策として自社の提案を位置づけます。

これにより、聴衆の心を開き、最終的な賛同を得やすくなります。

まとめ:目の前の危機を突破する発想

「囲魏救趙」の故事は、目の前の問題に真正面からぶつかることだけが解決策ではないという、柔軟な思考の重要性を教えてくれます。

強大な敵や困難な状況に直面した時こそ、直接対決を避けてください。

相手の最も痛いところや、守りたい場所を攻める間接的なアプローチが有効です。

このアプローチが、状況を劇的に好転させる鍵となり得ます。

ビジネス、人間関係、日々のストレスマネジメントに至るまで、この戦略は応用可能です。

固定観念に縛られず、一歩引いて全体を俯瞰(ふかん)する視点を持ちましょう。

この視点が、誰も予想しないような解決策や、新たな活路を見出すことを可能にします。

あなたは今、どんな「趙」の危機に直面し、どんな「魏」を攻めるべきでしょうか?

ぜひ、この古典からヒントを得て、あなたの持つ可能性を最大限に引き出す、逆転の発想を試してみてください。


専門用語の解説

専門用語解説
囲魏救趙(いぎきゅうちょう)「魏を囲んで趙を救う」の意。敵を直接攻撃せず、敵の本拠地や重要拠点を攻めることで、窮地にある味方を救う間接戦略のたとえ。
戦国策(せんごくさく)紀元前5世紀から紀元前3世紀にかけての中国の戦国時代の出来事を記録した歴史書・兵法書。
斉策(せいさく)『戦国策』の中の、斉の国の外交・軍事に関する記録をまとめた部分。
孫臏(そんびん)中国の戦国時代の兵法家。斉の軍師。孫武(孫子)の子孫とも言われる。龐涓の策略で足の自由を失った。
龐涓(ほうけん)魏の将軍。孫臏とは同門であったが、その才能を妬んだとされる。
大梁(だいりょう)魏の都。現在の河南省開封市付近。
馬陵(ばりょう)現在の山東省肥城県付近。孫臏が龐涓率いる魏軍を打ち破った場所。
兵法三十六計中国の兵法書に由来する36の計略。囲魏救趙はその一つ。
ガリポリの戦い第一次世界大戦中、連合国がオスマン帝国の首都攻略を目的として行った上陸作戦。オスマン軍の防御により失敗に終わった。
ニッチ市場特定のニーズを持つ、規模の小さい専門的な市場のこと。
俯瞰(ふかん)高いところから見下ろすこと。転じて、全体を広く見渡すこと。