序章:協力と競争の最適解
皆さんは、ビジネスや人間関係で迷ったことはありませんか?
どの相手と協力し、どの相手と競争すべきかという問題です。
実は、この問いに対する答えは二千年以上も前に編み出されていました。
それが、古代中国の兵法「遠交近攻(えんこうきんこう)」です。
この戦略は、現代の複雑な社会でも通用する普遍的な知恵を教えてくれます。
この記事では、この戦略の本質と具体的な応用方法を解説します。
すなわち、遠い相手と協力し、近い相手と競争するという合理的な思考法を学びましょう。
現代の戦略論では、マイケル・ポーターの競争戦略(差別化、コストリーダーシップなど)
やランチェスター戦略(弱者の戦略)が有名ですが、「遠交近攻」はこれらと並ぶ、勢力均衡
と市場拡大のための基本原則です。特に、資源が限られた中小企業や新規事業が、強大な競合に挑
む際の弱者の戦略としても応用が可能です。本記事では、この普遍的な戦略を深掘りします。
I. 故事の解説:秦の統一を支えた外交戦略
歴史的背景と戦略の提唱者
遠交近攻は、中国の戦国時代(紀元前475年〜紀元前221年)に考案されました。
当時の秦は、中国を統一しようと勢力を拡大していました。
この戦略を秦の昭襄王(しょうじょうおう)に進言したのは、宰相であった范雎(はんしょ)です。
またこの戦略は、後世にまとめられた兵法書『兵法三十六計』にも、第二十三計として含まれています。
原文と戦略の核心
遠交近攻は、秦の統一事業における基本的な戦略を端的に示しています。
原文:
「王不如遠交而近攻、得寸則王之寸、得尺則王之尺也。」
現代語訳:
「王よ、遠い国と同盟を結び、近い国を攻めるのが最善です。
一寸の土地を得れば、それは王の領土となり、一尺の土地を得れば、それもまた王の領土となります。」
「遠交」と「近攻」の詳細なメリット
この戦略は、地理的な距離を利用した極めて合理的な生存戦略です。
1. 「遠交」のメリット
遠くにある国と友好関係を結び、同盟を組みます。
これにより、自国が近隣の国を攻める際に、背後を突かれるリスクを減らせます。
その結果、遠い国は地理的に直接的な脅威とはなりにくいものです。
そのため、同盟関係を維持しやすいという大きな利点があります。
2. 「近攻」のメリット
近くにある国を攻撃し、領土を拡大します。
近隣の国を攻めることで、奪った領土を直接自国のものにできます。
その結果、国境を拡張し、国の力を着実に増大させることが可能です。
この戦略は、秦が隣接する国を一つずつ確実に吸収し、圧倒的な国力を築き上げる上で非常に重要な役割を果たしました。
参考文献と戦略的類似性
この戦略の背景は、歴史文献全般で確認できます。
- 『戦国策』:范雎の進言が記されています。
- 『兵法三十六計』:外交戦略の教本として採用されています。
II. 歴史上の類似事例と戦略の本質
欧州における勢力均衡戦略
「遠交近攻」の思想は、中国の歴史に留まりません。
たとえば、19世紀のイギリス帝国の外交政策にもその類似性を見出すことができます。
当時、イギリスは世界各地に広大な勢力圏を築いていました。
彼らは、ヨーロッパ大陸での勢力均衡を維持することに注力しました。
これにより、フランスやドイツ、ロシアなどの大陸諸国からの直接的な脅威を防いでいました。
これが一種の「遠交」(大陸との協力や対立をコントロールする)です。
一方で、アジアやアフリカの国々に対しては、積極的に植民地化を進めました。
遠隔地を支配することで、資源や市場を獲得し、国力を増強しました。
これが「近攻」に相当します。
つまり、自国の利益を最大化するために、遠方と近隣で異なるアプローチを取る普遍的な戦略なのです。
【現代ビジネス事例:巨大IT企業のプラットフォーム戦略】
この思想は、現代のプラットフォームビジネスでも活用されています。例えば、スマートフォンやPCのOSを提供する巨大IT企業は、市場を脅かす直接的な競合(近隣)を抑えるために、遠方の中小のコンテンツプロバイダーやアプリ開発企業(遠方)と積極的な提携を行います。これは、自陣営の市場を強固にし、「遠交」を通じて自社の「近攻」を助けるという戦略を実践している明確な例です。
考察:合理的で冷徹な判断力
「遠交近攻」の本質は、資源や影響力を効率的に拡大するための、合理的で冷徹な判断力にあります。
この戦略は、常に変化する状況の中で、何を優先し、何を捨てるべきかという問いを私たちに突きつけます。
また、感情の排除も重要です。
身近な人との競争は、感情的な衝突を招きやすいものです。
しかし、戦略的に競争相手と協力相手を分けることで、感情に流されない判断が可能になります。
III. 現代への応用:ビジネス・キャリア戦略
ビジネス戦略:グローバルとローカルの使い分け
遠交近攻を企業戦略に具体的に応用しましょう。
1. グローバルな技術提携(遠交)
地理的に離れた海外の企業とは、積極的に技術提携や共同開発を行います。
これにより、新しい技術や市場をローリスクで獲得できます。
海外企業は、国内の市場を脅かす直接的な競合になりにくいからです。
2. 国内市場の深掘り(近攻)
一方で、国内の競合企業とは、製品の差別化や、より緻密なローカライズ戦略で市場シェアを奪い合います。
このアプローチにより、企業はグローバルな視点を持ちながら、足元の市場を確実に抑えられます。
組織戦略:部署間の連携と競争
1. 部署間の積極的な交流(遠交)
部署が異なる人とは、積極的にコミュニケーションを取りましょう。
協力関係を築く「遠交」が、新しいアイデアや人脈を生み出します。
また、部門間の対立を防ぎ、組織全体のイノベーションを促進します。
2. 部門内の切磋琢磨(近攻)
同じ部署のライバルとは、互いに切磋琢磨し、スキルを磨く関係を築きます。
これにより自身の成長を促し、組織全体のパフォーマンス向上にもつながります。
自己啓発とキャリア形成戦略
個人のキャリア形成にも、遠交近攻の戦略は有効です。
1. 異業種交流とスキル獲得(遠交)
まずは今の会社で専門性を深め、昇進を目指しましょう。
これは、目の前の仕事に集中する「近攻」です。
しかし、それと同時に、異業種交流会やオンラインコミュニティに参加します。
社外の人脈を築き、新しいスキルを学びましょう。これが「遠交」です。
例えば、本業ではITエンジニアとして社内の専門性(近攻)を高めつつ、社外のNPO活動やボランティア活動(遠交)に参加し、プロジェクトマネジメントスキルやコミュニケーション能力といった異分野の汎用スキルを意識的に獲得するなどが該当します。これは、キャリアの「保険」となるだけでなく、本業への新しい視点をもたらします。
2. 将来の選択肢の確保
これにより、社内での評価を上げながらも、将来の選択肢を広げられます。
つまり、今の会社で成功する道を閉ざさずに、より大きな市場(遠方)への道筋を確保しておくのです。
IV. まとめと専門用語
まとめ
遠交近攻は、二千年以上前に生まれた古い戦略です。
しかし、その本質は現代にも通用する普遍的なものです。
遠い相手とは協力し、近い相手とは競争することで、自らの力や影響力を着実に拡大できます。
この考え方を、日々の生活や仕事に取り入れてみましょう。
さらに戦略的に物事を捉え、行動することで、きっと新しい道が開けるはずです。
参考文献
本記事の解説は、以下の史料に基づいています。
- 『戦国策』
- 『兵法三十六計』
- 歴史文献全般
専門用語・歴史的用語の補足説明
| 用語 | 解説 |
| 遠交近攻(えんこうきんこう) | 遠方の国と手を組み、近隣の国を攻撃することで自国の領土を着実に拡大する外交・軍事戦略です。 |
| 范雎(はんしょ) | 中国戦国時代、秦の宰相。昭襄王に進言し、秦の統一戦略の基礎を築きました。 |
| 昭襄王(しょうじょうおう) | 中国戦国時代、秦の国王。范雎の進言を受け入れ、この戦略を実行しました。 |
| 兵法三十六計 | 中国の兵法書。様々な戦術や謀略を36の計略にまとめたもので、遠交近攻はその一つです。 |
| 戦国時代 | 紀元前475年〜紀元前221年の中国の戦乱期。秦が他の六国を滅ぼし、中国を統一しました。 |


